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うつわとともに。祥見知生のブログです。

雲龍さんコンサート 福岡・石釜


福岡石釜のクラフトの店梅屋さんとのご縁で行うことができた『雲龍 すこやかなるものコンサート』を終えて、福岡から帰ってきました。

前の日まで、DMの入稿作業や次回展覧会のコーディネートなど夜中までかかって仕事をしていて、夜中になって、「さぁ福岡のコンサートで何をお話しようかな」と考えているうちに、編集をさせていただいた雲龍さんのCDブック『遮那』に掲載した谷川俊太郎さんの言葉を声に出して読みたい・・・という気持ちが沸いてきました。

午前2時頃、ひとりで 声に出して、俊太郎さんの詩を読んでみました。

「沈黙が笛の音を借りて、私たちに呼びかけてくる」

この詩は、『遮那』の音を聴いてくださった俊太郎さんが、自ら「詩が生まれてきそうだ」と言われ書いてくださったものです。

編集していた2005年当時、俊太郎さんからのFAXが雲龍さんのもとに届き、それを見せていただいたときの興奮を忘れることはできません。

なぜなら、俊太郎さんの言葉は、雲龍さんの笛の世界を見事に表していたからです。

「雲龍さんの笛を聴いているとなにものかが訪ねてくるのを感じる。
 なにものが私のもとに訪れてくるのだろうか。
 沈黙・・・と、私は答えたい」(『遮那』おとずれ 谷川俊太郎より)

*


福岡に降り立つと、薄曇の空であるものの、なにか清清しい気の流れを感じる空が迎えてくれました。
コンサートに参加してくださる方が集まってくる時間までは雨が降らずいてほしい・・・と思っていると、本当に午後3時のコンサートの開場まではお天気がもち、開演直後にぽつりぽつりと雨が降り出しました。

その雨の音が、雲龍さんの連れてくる「沈黙」の音の響きとともに、しっとりと落ち着いた世界を作ってくれました。

この日の演奏では、九州にご縁があったジャック・マイヨールさんとの関わりの中で、マイヨールさんが深い海の中で聴こえてくる音と同じだと表現された笛の音や、ガイアシンフォニーで熊野の那智原生林の滝つぼの前で演奏したコアガラスの笛など、一つひとつ違う笛の世界をお話を含めて演奏されました。

いつもそうなのですが、雲龍さんの笛の音を聴くとき、何度聴いても新鮮で、目を閉じて耳を澄ましていると、だんだん自分の内へ深く広がっていく階段を一つひとつ降りていくような感覚になるのです。

今回は「クラフトの店梅屋」さんと、「健康相談どころ」(整体)を結ぶ言葉として「すこやかなるもの」という言葉をリーフレットに書かせていただきましたが、
その「すこやかなるもの」という言葉について、わたしは雲龍さんの笛の音を聴きながら、考えていました。

健康のためにスポーツクラブに通うとか、メタボリック解消のために運動するとか・・そういうことではなく、「すこやか」というものは、この『自分の内なるもの』を感じるということから始まるのではないか・・・と思います。

自分の中に広がる宇宙を感じると、自分の周りにフツウにある木や野の花や、小さな虫たちや、さまざまな生き物たちの営みを感じられるようになります。人間の側の論理で勝手なふるまいをするのではなく、わたしたち人間自身もその自然の一部なのだと感じることが、「すこやか」ということにつながるのではないか、と思うのです。

だからといって、雲龍さんの笛を聴くとき、何も構える必要はありません。職業も性別も年齢も、社会の中でぶら下げている様々な「ネーム」を取り払い、ただそこにともにあるという存在となって、耳を澄ます。そのときに広がる世界を感じてほしいと思います。

福岡でのコンサートを実現してくださった石釜健康村「クラフトの店梅屋」「健康相談どころ」のスタッフの皆様に心より感謝いたします。 スタッフの皆様、そしてコンサートに足を運んでくださった皆様、本当にありがとうございました。

また次回に皆さんにお目にかかるのを楽しみにしています。


次回 雲龍さんのコンサートの企画は、

2008年1月5日 高知・竹林寺にて「雲龍IN竹林寺コンサート」

1月26日 北鎌倉・雪堂美術館「宙の音の葉コンサート」

   1月27日 鎌倉山・ギャラリー招山「雲龍 遮那の響きを語る コンサート」

を予定しています。