うつわとともに。祥見知生のブログです。

 島根から戻りました 

島根から最終便の飛行機で戻りました。

近々お伝えしますが、

この9月。わたしがずっと願ってきた「めし碗」をテーマにした展覧会を、この島根・世界遺産に登録された「石見銀山」に本社を置き、根っこのある暮らしを提案している群言堂(石見銀山生活文化研究所)ともに行います。

今回は、その展覧会のスタートを切る「群言堂 石見銀山本店」の会場下見と、打ち合わせ、写真撮影のための旅でした。



島根からこの日記を更新しようと試みましたが、標高も高く山深い里では電波が届かず(あくまで私の契約の、端末が圏外だったということですが・・・)、断念しました。

群言堂さんが10年かけて再生し、大切に守り伝えている武家屋敷『他郷阿部家』に宿泊させていただき、美味しい心のこもった料理をいただき、そしてほとんどの時間を、器の撮影に費やした旅でした。

写真は、阿部家の台所(この台所が素晴らしい。働く台所、いのちのもとを作り出す正真正銘の台所でした。テーブルに撮影の順番を待っている器とスタッフの神田がなにやら書き物をしています。やっぱり働き者ですね・・・えっちゃんは)。



松場大吉さん、松場登美さん、スタッフの皆さんのあたたかなこころに触れた旅でもありました。

いま鎌倉に戻り、自分のいつもの机の前に座り、こうしてパソコンに向かっているのが不思議な気持ちです。

『阿部家』での時間は、テレビも音楽も、何もない・・・。

よくわたしは、哲平さんよろしく「なにもないけれど、何かある」という表現を使うことがありますが、まさに『他郷阿部家』で過ごした時間には、その「何ものか」が感じられた豊かな時間でした。

夜の食事をいただいた後、「阿部家」から歩いてすぐの「ろうそくの家」へ。

揺らめく和ろうそくの光が映し出したものは、いま生きている、この「いま」という時間の愛おしさであるように感じました。何よりも「大事なものは何か」を素朴で原初の火(光)は映し出す、ということを身体で感じることができたのです。

遺された書物や、守り続けられた伝統芸能などを見ますと、昔の日本人の感性は素晴らしいとつくづくと思うことがありますが、それは、月灯りと、この「和ろうそく」の光のしたで育まれた五感だったのかもしれませんね。

この出会いに感謝です。

翌日は出雲大社にご挨拶をさせていただき、そのあと、民芸調の器で有名な窯元を訪ねました。このことはあまり書きたくはありません。正直悲しい気持ち。最近の登り窯から窯だししたという器を見ましたが、もう何もコメントできません・・・。こちらのような窯元が柳宗悦が提唱した『民芸』を受け継いでいると世間の人は思うしかないのか・・・。この現状に誰も異を唱えないのか・・・。『(民のための)器とはこの程度のものか』と世間の人が受け取るのだとしたら、こんなに罪深きことはないと思います。

このことは、次の本にも書きましょう。


さて、ひとつ、お知らせがあります。

鎌倉・由比ガ浜の洋服やさん・ネイビーヤードで、祥見が器を見立てる教室をやります。7月19日日曜日です。ネイビーヤードは京都の作り手・村田森さんの紹介で いま 仲良くさせていただいています。

興味のある方はネイビーヤードのHPをご覧ください。

洋服のセンスも抜群だし、何よりオーナーの「小野さん」が楽しい。

当日は器の話と、リクエストのある器の写真の撮り方を・・・ということですが、当日の流れでいろいろ決まりそう。

http://www.navy-yard.com/


いつも最後に書こうと思っているのに、案内が足りなくてすみません。

うつわ祥見は9月まで開きませんが、onzriNEARでは7月いっぱい、札幌のガラス作家巳亦敬一さんのガラス展を中央のテーブルで行っています。そのほかは常設の15人ほどの作り手の器、祥見が信じる「器」をご覧いただけます。

巳亦さんのガラスはなかなか実物を見る機会がないですし、毎日のグラスを本当に気に入って使う、その楽しみの一歩の器を、ぜひこの機会にお選びください。

器とは、食べることを支える道具です。そればかりではなく、こころを豊かにしてくれるものです。ぜひ、onariNEAR、そして、うつわ祥見の企画する展覧会へお出かけください。