村上躍さんのポット展によせて
小春日和のあたたかな秋の日が続いています。
きのう11月6日より始まった「村上躍ポット展」。
初日には躍さんの一日在廊してくださり、作品についての話を伺いました。
このポット展のために作ってくださった数は50点。
正直、わたしは、この作品を見て、感動しています。
50点のうち、同じものは一点もないのですから。
色もかたちも風合いも、焼き方も、すべてにおいての完成度の高さに、いまさらながらですが、村上躍さんという作り手のプロ意識を感じ入りました。
お茶を美味しくいただくための、ポットとしての「あり方」は、その「かたち」「きれ」「茶葉との相性」、器としての「存在感」・・・。どれにおいても、躍さんほど考え抜かれたポットを作る方はいないのではないかと思います。
そして、今回、久々に展覧会をお願いして感じたことなのですが、
これまで躍さんのポットに抱いていたイメージは、完成度の高さや、フォルムの美しさ・・・革命的な使い心地・・・と、そんなふうに考えていたのですが、
いまこの50点のポットたちと対面して浮かんだのは、もっと人間的な言葉でした。
それが「信頼する」という言葉です。
取っ手のカープはそれぞれ一つひとつのかたちや大きさによって、少しずつ工夫されています。
それは手に取って選んでほしいという作者の願いの現われです。
作品として、かなり軽量であり、お湯をたっぷり注いでも苦なくたっぷりとお茶をいただけるような「工夫」、
作者から使う人を思う気持ちを感じる新たな「発見」もありました。
それが用の美の本質なのですが、なかなかそういう「仕事」を見かけるのが難しい時代です。
そして、そういうプロの仕事は、人を幸せにするのです。
実際に、数あるポットのなかから手に包み、実際にお茶を入れる仕草をされ、一つのポットを、
「この子がいい」と選んでいかれる様子を拝見しますと、皆さん本当に幸せな顔をされています。
初日、二日目と、この小さな場所から選ばれていったポットたちが
皆さんのおうちで大事にされているのが見えるような気がいたします。
毎日、お茶を飲む時間に、このポットでお茶をいただけたら、どんなに気持ちがよく、こころ豊かなことでしょう。
それは高価な作家ものを手に入れたという満足ではなく、
美味しいお茶のための最上の道具と暮らしているという、こころの豊かさなのではないでしょうか。
村上躍ポット展は11月18日(水)までです。会期中は12日木曜日定休です。
お出かけください