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うつわとともに。祥見知生のブログです。

 今日も器とともに。茶漬碗展


入梅を前に初夏の暑さを感じるお天気が続く鎌倉です。

onariNEARで行われている「夏の日。茶漬碗展」に毎日在店して 訪れてくださった皆さんと器の話をさせていただいています。

6月5日(土曜日)には、今回の茶漬碗展のために 鎌倉・小町のなると屋+典座で イチカワヨウスケさんが特別に用意してくださった「茶漬」を わたしもいただきました。

冷たいお茶漬とお聞きしていて どんなふうなかな・・・と想像していました。

赤米に若布、冥加、きゅうり、そしてゴマたっぷりのお茶漬けでした。それに冷たい出汁をかけてさらさらといただくのです。





暑い一日の終わりに疲れた身体をいたわるような「やさしい味」でした。


「茶漬碗展」は作り手6人の方のさまざまな茶碗をご覧いただいています。


粉引き、刷毛目、鉄釉、白磁、青磁、紅毛手、手日練の器など、それぞれの表現による茶碗たち。

NAERに早朝一人できて、器たちを眺めていますと、

「器を見ていて泣きたくなりました」と言った、数年前の自分の言葉をふと思い出しました。

当時「そんなこと、言われてもねー、どういうことよ?」わたしの言葉をちゃかして笑ったのは青木亮さんでした。

うつわ祥見をオープンさせてまもなく、2003年の頃でしょうか・・・初めて札幌の現代美術の画廊で行った器展で、初日の朝早くに 一人で会場にいて、器を眺めていて涙があふれたことがあったんですね。青木さんもその器展の出展者のおひとりでした。

うまく説明できませんが、たぶんそのときは、自分がようやく「器を伝える仕事」にたどり着いた・・そのことを強く「実感」したのだと思うんですね。

わたしにとっては器の仕事をすることは ずっと前から「決まっていたこと」だったので、ようやく自分の道のスタートラインについて歩き出した、という気持ちと、何よりもその時の器たちから発せられる「何か」、その強烈に放つものを全身で感じたのだと思われます。

わたしの活動を見て「何がそんなにあなたを駆り立てるのですか?」と訊かれることがあります。
そのたび、「どうしてでしょうねぇ」としか答えられない自分がいるのですが、でも本当は理由は一つだけ明確にあるのでしょう。

村田森さんが作陶への思いを「楽しくてしょうがないんです」と電話口で快活におっしゃる言葉、「自分は最近、食卓の仕事をしていると思ったんですよ、食卓が幸せじゃないと浅はかな社会になりますよ、ショウケンさん。」と石田誠さんと話す「食卓の仕事」の話、尾形アツシさんと「なかなか思うようには行かない、難しいよ」「でも確実に使う人を説得してきていますよ。次回もよい器、待ってます」とかわす、やきものの話の数々・・。


作り手の皆さんとともに歩いている。
そして、使い手の皆さんとともに器を愛している。


日々の忙しさに追われていても、そのことはいつも自分の中心に、しっかり置いていたいと思います。

よい器と出合うたびに 初心に戻るというのでしょうか・・そういう気持ちに立ち戻ることができるのです。

今回の展覧会もまさに、そんな器たちが集っています。

だから、もう数年も前の あのときの言葉を思い出したのでしょうね。



「夏の日。茶漬碗展」はどの器を取りましても作り手の熱意が伝わる素晴らしい展覧会になりました。

少し写真で紹介します。

村田森さんの粉引き碗です。ご本人も「いいでしょう・・今回の粉引き」とおっしゃっています。

吉岡萬理さんの鉄彩の碗です。形の美しさはさすがです。

鶴見宗次さんの手日練の碗です。素晴らしくよい器です。



今日は宮崎県から、先日は群馬県大阪府から・・遠方からも訪ねてくださる方がいらっしゃいます。

皆さん、器との出合いを楽しみにしてくださっています。


「器を愛する」という「天職」を今日も朗らかに。  
「ウツワヲアイスルトイウテンショクヲホガラカニ」

不思議な言葉の連なりですが、今日も 器と大真面目に生きていますよ。

そんな一日でした。

では おやすみなさい。

明日の日記は うつわ祥見で今週末より 始まる「吉田直嗣展」について、熱く。



○ onariNEAR オン・ザ・テーブル  6月4日(金)〜6月16日(水) 「夏の日。茶漬碗展」 

  出展作家 尾形アツシ 石田誠 鶴見宗次 村田森 吉岡萬理 吉田直



○ うつわ祥見 吉田直嗣展  6月12日(土)〜6月18日(金)

   初日12日と13日 吉田さんが在廊します。

くわしくはうつわ祥見のホームページをご覧ください。