TOMOO SHOKEN

うつわとともに 祥見知生

「遊ぶにも暑し」「風ぞ吹ける」葛原匂当の日記

うつわ祥見がオープンして間もない頃、小学校低学年だった娘がフェルトで作ったクリーム色のクマの人形をわたしにプレゼントしてくれたことがありました。

そのクマの名前は「まじめくん」といい、どちらかというと 本当に真面目な顔だちをしているのですが、その子は、この文章を書いているパソコンのすぐ隣にいて、ずっとわたしの仕事を見ているのです。

その隣には、石田誠さんの南蛮焼き締めの小壷が二つと、小野セツローさんからいただいた犬の土人形、矢野顕子さんのさとがえるコンサートのキーホルダー、出雲大社の御札、そしてスタッフの神田が何かの折にプレゼントしてくれた串田孫一さんの『本・その周辺』という豆本・・。

わたしの机の上に整理されずに置いてあるものたちです。

串田孫一さんは尊敬する随想家です。

ときに何かに疲れたときには、串田さんの文章を読みます。

串田さんの言葉を読むと、さまざまな雑音が消えていくというのでしょうか、ざわめいたこころが次第に静まっていくのを感じるのです。

『本・その周辺』という豆本を読むとはなしにページをめくっていますと、

次のような文章がありました。

 

「風ぞ吹ける。」或る日にはそれだけ記している。「忘れた。」という四字で終わっていることもあるし、「遊ぶにも暑し。」という言葉だけの日もある。
 それが仕事だからと言って、無駄な言葉を長々と並べている自分がいやになる。この日記そのものの文体が文章作法の上でどうということは勿論ないが、目に見える人間が、身勝手なお喋りのような文章をだらだらと書き綴っているのが、とも角恥しくなる。
明日またこの日記を読めば、全く別の大切な事柄を発見するだろう。 1983.3


「この日記」とは、『葛原匂当日記』のことで、
葛原匂当(くずはら こうとう)は筝曲教授で生計を立てていた盲目の人です。
勾当の生きた時代は、いわゆる江戸から明治へと近代化が進められた時代の変わり目でした。

『葛原匂当日記』は葛原が16歳から71歳までの55年間書き続けた日記だそうで、
串田さんはこの本を没後百年記念で出版された愛蔵版を手に入れたそうです。


最近人に勧められ始めた「ツイッター」なるものが、いま、わたしのストレス=課題になっています。

そんななかで出会った尊敬する串田さんを通じての言葉。

葛原匂当がつぶやくように日記に残した「遊ぶにも暑し」「風ぞ吹ける」・・・

人の言葉の、端的で、無駄がない「つぶやき」は なんでもなくよいものだなぁ・・と考えさせられます。

あともう一つ『本・その周辺』から紹介すると、

 

書棚の整理をした。管理がよくなかったために、外に持ち出し、マスクをかけて入念に埃をはらわなければならない本も多かったが、一度読んでそんな有様にしてしまった本の中から、もう一度ゆっくり読みたいと思って別にした本が沢山あった。豊かな気分である。
(1983.1)

「豊かな気分である」・・・こういう言葉に、ふいに出会えるから、わたしは本が好きなのだと思う。

一方的なつぶやきを瞬時にキャッチする現代の素晴らしいツールから知る言葉より、本に書かれた言葉の入り方が、ゆっくりとしていいなぁ、と思ってしまう自分がいるのですね。

でも一方では、人と人がつながり、自由に何かを語り、それに「賛成」と手を挙げることができる、この現代のツールで、食べる道具である器たちをもっと多くの方に伝えたいと願う自分も確かにいるのです。

「まじめくん」、いまもまじめな顔をして、こちらを見ています。

その顔を見ていたら、この日記も、最初に書き出したときから随分時間が経ちますが、最初はやっぱりとまどいがあったことを思い出しました。

迷い、とまどいながらも、これまで書き続けてきました。

きっと、それでいいんですね。

ツイッターも、とまどいながら・・が、わたしにはちょうどいいんです、きっと。

それに、ツイッターを始めて「ああ、この人の言葉は誠実だなぁ」と感じる方の言葉をリアルに受け取ることができるようになって、もっとその人を好きになる・・ということがありましたが、それはとても幸せなことですね。

少し、気持ちが楽になりました。

明日は関東地方は雨の一日となるようですね。

猛暑も一段落だとか・・・

明日も器とともに健やかな、よい一日でありますように。

おやすみなさい。