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うつわとともに。祥見知生のブログです。

器と一日、器と一年。

みなさま、2011年 明けましておめでとうございます。

お正月休みはいかがお過ごしでしたか。

今日は1月4日。もう4日も経ってしまったのですね・・・今年も。

暮れの鎌倉ライブで、矢野顕子さんが舞台のうえでおっしゃっていましたが、

子供の時は一日がとても長く感じたのに、大人になって、朝だらだらしていたらすぐに夕方・・・

これは本当に現実問題として そのようで、本当に、毎日、わたしも「困って」しまいます。

はっ、とすると、もう14時38分くらい・・・というのが一番困ります。

そうすると、もう15時です、ぼやぼやしているともう16時。 もう一日がおしまいです。

鎌倉でうろうろしているなら まだいいのですが、

都内へ行こうと思ったら、もう重い腰はどんなに頑張っても動かない感じです。

・・・・年の初めに、なんとも、滑稽な書き出しになってしまいましたが、矢野さんではないのですが、
本当にこの、毎年短く縮んでいく「時間」というものに「困っている」ことを実感する日が多いので、本当にもうどうしたものか・・という年の初めなのでした。

しかし、人というのは、さまざまに、工夫をするものですね。

新しい年の初めに、人は、一年の目標というものを立て、自分を奮い立たせるものですが、これもますます縮んでいく「時間」への対抗処置なのかもしれません。

わたし自身は今年、「こざっぱりと生きる」を目標とし、縮み行く「時間」を有意義に使おうと思っています。

「ごさっぱり」とは、必要なものをより明確にし、 背筋を正して 甘えずに生きるということ。

わたしにとっては「どうしたら器をもっと手渡すことができるのだろうか」を考え、実行に移すことが必要なことですが、そのために、向かっていく先へぷれることなく、進めていくことを大切にしたいと思うのです。

昨年暮れに他界された高峰秀子さんや、串田孫一さんなどの 清潔感あふれる人生の態度へは憧れを持ちますが、

こうした方々に共通しているのは、自分にとって大切なことを当たり前に大切に誠実に生きたということではないかと思います。

その生き方は余計なものがなく「こざっぱり」していたのではないでしょうか・・。

・・さて、いつものことながら、前置きが長くなりました。

「器と一日、器と一年」

うつわ祥見のホームページのトップページが変わったのを、見ていただけたでしょうか。

写真は、年間スケジュールの葉書にも使わせていただいた小野哲平さんの七寸皿です。

これは高知の哲平さんの家で、実際に使われている皿です。

薪窯焼成された、目跡のある器で、とても頼もしい器です。

「器と一日、器と一年」という言葉は、なんでもない毎日に使われる器と人の関係・・というのでしょうか、

毎日毎日繰り返される器と人の、まるで人間同士の掛け合いのような、なんともユーモラスで愉しい日々を積み木のように重ねていったら、一年という一区切りの「時間」となった・・そんな「可笑しみ」も含めて表現にしてみたいと思ったら 自然と出てきたのです。

「器との一日、器との一年」その日々を充実させて、食べることや生きることそのものを、自分のなかで 納得しようよ、もっと愛していこうよ・・・という気持ちです。

年間スケジュールの葉書は、いつもDMをお送りしている皆さんには、お年賀として、1月6日より始まる吉岡萬理さんの展覧会の案内と一緒にお送りしました。

また、都内のギャラリーさんやお付き合いのあるお店にお送りしましたので、そちらで手にしていただけたらと思います。


「器と一日、器と一年」。器と暮す日々を味わい深めていきたいと思います。

2011年も うつわ祥見をどうぞ宜しくお願いします。

onariNEARでは 1月6日 吉岡萬理さんの「色絵と鉄彩、新しき器たち」展が 始まります。

初日、6日には奈良から吉岡萬理さんがやってきます。

年男の萬理さん、今年の干支の絵も挑戦されたとか・・・。

どんな元気な跳ねとぶ「うさぎ」が登場するでしょうか。

どんな「新しき器」が届くでしょうか。

日本人ばなれした愉しさ、明るさを器で表現する萬理さんの器が とても楽しみです。

どうぞお出かけください。

新しい年に、皆さんと お目にかかりますのを 楽しみにお待ちしています。

器を愛する人生に。器と一日、今日も明日もずっと・・変わらずに。