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うつわとともに。祥見知生のブログです。

ふつうに去っていくものを、ひとつひとつ・・・。

こんにちは。

ずいぶん、ご無沙汰してしまいました。

これまで日記というかたちで、この場で言葉を書いてきました。

先日、ツイッターフェイスブックも見ておらず、日記を読んでくださっている方にお会いしました。

最近、更新されていませんね、とその方はおっしゃるのです。


わたしの日記は、とても書き出すととても長いのです。

言葉が次々とあふれてくるのです。

ツイッターを始めて、「祥見さんにはツイッターが似合っている」と言われました。

最初はその方が言われたことがよくわからなかったのですが、
「いま何している」ではなく「いま考えている」を140字で綴ることは
その方のおっしゃるように、わたしには「合っている」のかもしれません。

考えを整理しながら、書く。

書きながら、考えを整理する、ということが、140字のセンテンスではやり易いのです。

いまもこうして、次々と言葉が出てきます。

日記というより、珠つなぎ思考 とでもいいましょうか。

ソーシャルメディアなどという 聞き慣れない言葉が 聞かれるようになりました。

人と人をつなぐ、新しいかたちが確立され始めているようです。

私は「器を伝える」ためならば、なんでもしよう・・・と思っていますが、
一方では、頑固に「流されていく」のがイヤだと考えています。

流されて、磨耗されていくのが なぜイヤなのかといえば、
心の疲弊が、こわいのです。
つまりは、「器を愛する」という心が「疲れていく」ことが恐いのです。

毎日毎日、日々という「かけがえのないもの」は続きます。

そして当たり前ですが、毎日は、ふつうにやってきて、「ふつう」に去っていきます。

その「ふつう」さ。

どう使っても自由だよ、でも、全部「あなたの責任」だからね、ボクは知らないよ・・・

時間というのは 意外と、クールなものです。


さて、この日記は「器を愛する日々」とタイトルを変えました。

「ふつう」を毎日。短くてもよいから「ふつう」を毎日。

日記というより、コラム的になるかもしれません。

でも時々、思い出したように、お付き合いをいただければ幸いです。

細野晴臣さんの鎌倉ライブ、3月1日に無事終了しました。

細野さんはもちろんですが、出演者の皆さんの音楽家として最高の演奏に、最高のライブとなりました。

大変幸せな時間でした。

飄々として、円熟の極み・・・そんな言葉を連ねることも何か違う・・・この素晴らしいライブを語ることは容易にはできません。


主催者としての責任はやはりとても重かったです。

けれど、多くの皆さんのチカラをお借りして、無事にやり遂げることができました。

細野さんのライブについては、細野さんとの関わりについてもこの機会にまとめておこうと思い立ち、
「細野さんのライブへのノート」という文章をHPに掲載しました。

ライブを企画した想いなどは、言葉にするのは「野暮」です。

でもね、なんだか、「いま書かなくちゃ」という気持になったのです。

それもいいでしょ、心の動きもね「ライブ」そのものなのだから・・・ということでしょうか。

http://utsuwa-shoken.com/hosonotribute.html

近々、この「その3」を書くかもしれません。


現在、3月5日の9時54分。

一刻一刻、時は刻まれていきます。秒刻みに進んでいきます。

どんなに素晴らしい時間を経験しようと、

時間は、ふつうの顔で、なんでもなく、過ぎていきます。

しかしながら・・・・

あらためて、余韻というのは、いいものですね。

余韻に浸るというのは、体験したものを反芻し、こころのなかで何度も 記憶を引き出して
愉しむことができるのです。

いまわたしは、細野さんのライブの余韻のなかにいるのでしょう。

その余韻をひとつひとつ、丁寧に引き出しにしまっている作業をしています。

余韻ですら、出し惜しみをしているような不思議な感じです。


一方NEARでは、細野さんのライブの翌日に、「小野哲平+勝見淳平展」が初日を迎えました。

このスケジュール、いったいどういうことですか? と問い合わせをいただくほど、ハードな日程での始まりでした。

でもね、それも、ちゃんと初日を迎えられました。

土の器と、天然酵母のパンとの展覧会。

この展覧会については、勝見淳平君と一緒に高知の哲平さんを訪ねた旅について、文章を書きました。


http://utsuwa-shoken.com/teppeijumpepi.html


2月はどんぶり展が長崎で、高松では「TABERU」展がそれぞれ素晴らしい展覧会となりました。

NEARでは 村木雄児さんの「黒の仕事」に続いて、「細野晴臣トリビュート カプチーノ展」が行われました。

2月の出来事、として、これはやっぱり後日、写真を入れて まとめなくてはなりません。

時間は過ぎていくけれど、「余韻」や「記憶」はわたしたちのなかに、いつまでも 積み重なっていきます。


そのことが、やっぱり、なによりも、愛しいものですね。

時間という「ふつう」にやってきて、去っていくものを、ひとつひとつ感じながら、生きたいものですね。