TOMOO SHOKEN

うつわとともに 祥見知生

 鎌倉芸術館「村田森展」を終えて 「やきものの一本道」

少し前のことです。


村田森さんの携帯に電話をかけたら
「いま、高速道路走っています。関空です。いまから韓国へ行ってきます」という声が返ってきたことがありました。

彼はたぶん運転中で「土砂降りで、前は何も見えません」と。

特徴のある少し低めの声で早口に「何も見えないんです」と叫ぶように言われたことがあります。
そのとき、わたしは、とっさに「でも森さん、その道は、やきものの一本道ですからね」と叫んだのでした。
彼は「ははは」と笑って明るく力のある声で「行ってきます」と答えたのでした。



人の行いは、当事者にとっては真剣そのものでも、傍から眺めたら、滑稽であることがよくあるものですね。



「土砂降りの関空までの高速道路をやきものの一本道」と表現し、互いに、
おそらく、分かち合ったものは、たとえ、ほかの誰に理解できなくても、
森さんとわたしのあいだでは、そのとき本当に「真実」であったろうと思います。


たぶんいまご紹介した電話のやりとりは2009年に上梓した『器、この、名もなきもの』を
書いていたあたりのエピソードなのではないかと思います。

さて、2012年7月。

鎌倉芸術館 ギャラリーにおいて「村田森展」が行われました。




美しい竹林を囲み、三室あるギャラリーの構成は、

一室めはショーケースのなかに、今回の出展の器のすべてがかわるように、
白磁、染付、粉引、三島、刷毛目、井戸、引き出し黒、焼締など、展示を行いました。



ここでは京都の工房での様子や、大壺の窯づめの様子をスライドショウで紹介。

二室めは壺の展示。

白磁、陰刻、刷毛目、焼締、灰釉。



それぞれの壺が互いの存在を確かめ合うような配置とし、「無から有へ」
壺という存在が空間に自ずと浮かび上がるような展示となりました。
この部屋では、初日、村田森さんとわたしのトークイベントが行われました。


三室目は、うつわ祥見の10周年にふさわしく、アンティーク家具で埋め尽くされた空間に、
器の世界。
森さんの今回の出展された器のすべてが、100年は時を経た本物の家具のうえに展示をされました。



3日間という限られた時間のなかで行われた展覧会でしたが、
大きな大きな意味を持つ展覧会であったことを、報告させてください。

村田森という作り手が、この一年、どれだけの想いで、この展覧会にかけていたのか。

わたしたちはあえて、細かく連絡をとりあうことはありませんでした。
けれど、わたしは信じて待っていましたし、森さんも信じて待っていることは感じてくださっていたのです。

そして、たしかに、森さんは今回の展覧会で、ひとつの仕事をやり遂げてくれました。
それは訪れてくださった皆さまのこころにしっかりと刻まれたことと思います。


遠方から、この展覧会のために、駆けつけてくださった方が多くいらっしゃいました。
この日のために時間を割いてくださった皆さまに、感謝を申しあげます。

いまわたしが思うのは、これは始まりの一点であるということです。


村田森という現代に生きる作り手の仕事の通過点であるということです。


それはなんて、素晴らしいことなのでしょう。


村田森さんはご自分で「怖いこともあった、新しい窯の温度がなかなか上がらずに、途方にくれたこともあった。
正直、怖かった。けれど、突き進むしかなかったんです。
そして、ぎりぎりまで追い込まれて、今回の仕事ができた。
自分の殻をつきやぶることができた。
使い慣れた窯をそのままにしていたら、途中で、その窯でひとつくらいできるだけ大きな壷を作って、
それでよしとしたかもしれない。
でも、その窯をつぶして、新しい窯にかけた。
逃げようにも逃げられない。
そのことが、ほんとうによかったんだと思うんです。
もう後戻りできないところに自分を追い込んで死ぬ気で仕事をしてきた。
そして最後の最後まで窯を焚き続けた。
その仕事を見て、震えて泣いてくれた人がいた。
技術ではなくて、自分の心のこととして、
壁をひとつ越えた大きな機会になったことを感謝しています」と語ってくれました。



大人が3人も入るのでは・・・という直径1メートルを超える壺を
搬入し終えたときの森さんの背中をわたしは忘れることはないでしょう。
同じように、最終日に、すべてを終えて、
トラックに再び壺が積み込まれて、
何もない空間になったときの「せつなさ」と「充足感」をずっと忘れることはないでしょう。




「あなたを誇りに思う」とわたしは臆面もなく伝えました。


またいずれ、この展覧会については文章を書くことになると思います。

まずは一週間経過してのご報告と、皆さんへのお礼をこめてこの日記を書きました。


そしていま、森さんは、新たな挑戦のために、やきものの地・韓国を旅されていることを、あわせて報告しておきますね。



村田森展 鎌倉芸術館 2012年7月7日 〜7月9日。

この3日間のために彼が挑んだ仕事は、きっと、ひとつの伝説になるのではないでしょうか。

そういう仕事を、ともに、やり終えたことを、
わたしは器を伝える人間として言いようのない幸福感を感じています。

この展覧会には多くの方の力をお借りしました。
ご協力いただいた皆さま、応援してくださった皆さまに、心より感謝申しあげます。

ありがとうございました。

なおこの展覧会で出展された器は1200点。
その全種類と、京都の工房を訪ねたドキュメントを含む写真で構成された記念の書籍を刊行いたします。

完成にむけて また 詳細はお知らせしていきます。
どうぞ楽しみにしていてください。


「やきものの一本道」は続いていきます。



祥見知生